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| 氏名 |
酒井 啓子 |
| 生年月日 |
1941年1月18日 |
| 星座 |
山羊座 |
| 血液型 |
A型 |
| 出身校 |
キング・ドレスメーカー女学院卒 |
| 家族構成 |
夫、長男(結婚、別居、孫1人)、長女(結婚、孫2人)、次男、メス猫1匹 |
| 趣味 |
絵画、料理 |
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洋裁学校を卒業後、学院の助手(夜間部)を2年間経て、金沢市内の「銀座屋洋装店」にデザイナーとして勤務し、この時期と同じく市内巴町に教室を開設(夜間のみ)し、25名の生徒さんとスタートしました。
当時、自分の年齢と差のない生徒さん達と、友達のように楽しく過ごしました。
現在では、10代から80代の生徒さんが在籍し、洋裁を楽しんでいます。洋裁の他にも、趣味の料理を生かし、月一回の昼食会を開いています。 |
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この写真は、銀座屋洋装店でデザイナーをしているときに、女社長(鶴見 菊枝)さんと打ち合わせをしているところです。
デザイナーという顔は、「もう少し老け顔に」と、社長さんに言われ、髪の毛は短く、近眼でもないのに黒縁の眼鏡をかけて、貫録を付けています。 |
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昭和39年11月ごろだと思います。
この広告の名前で「敬子」の名前が間違っています。正しくは、「啓子」です。
不細工な写真ですけど、私にとっては自分の人生の歩みの第一歩なので、ブスな写りですけど一晩で仕上げた服を着て顔がはれ上がっています。 |
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男女合同のオーバーコートショーで、女性部門の着付け担当責任者として、現場を担当しました。 |
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昭和40年ごろ、ファッションショーに出品。布地は、繊維協会からの提供により、コゲ茶色のサテンでドレスを制作。
デザインは、ノースリーブで裾の方にはボーダー柄でひし形をダイアモンドとスパンコールで型取り、きらびやかさを演出いたしました。 |
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一度はモデルになりたいと思っていましたけど、背が低いため叶えられませんでした…
でも、モデルのピンチヒッターとして、37歳にして、夢が叶いました!(後にも先にもこれ一枚です…)
ずっとデザインをしてきた私にもモデルさんの気持ちがやっと分かりました。
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